Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「ぱんたれい」同人

俺はどこに行こうとするの開け閉めを重ねた金庫のように無口で(大橋弘)

f:id:ryo-sasa:20200416013715j:plain俺はどこに行こうとするの開け閉めを重ねた金庫のように無口で(大橋弘

 

 大橋弘さんの第三歌集、『既視感製造機械』(六花書林、2020年)より。「開け閉めを重ねた金庫のように無口」とは、いったいどういうことだろうか。金庫はとても大事なものを入れるためにあるけれど、何度も開け閉めをするうちに中のものの価値が次第に下がってしまうような感じは、何となくわかる気がする。強いていえば、友達から旅行のお土産に素敵な置物をもらったりして、そのときは宝物にしようと思っても、毎日眺めているうちにだんだんその置物への関心や愛着がなくなってしまうときのような感覚と近いと思う。「俺」は元来、何か切り札のような魅力を備えた人物だったのかもしれない。しかし今やその魅力が何らかの理由で摩耗してしまい、「無口」、つまり価値を失ってしまったのだ。

 「口」の漢字は、金庫の四角い形状を連想させる。また、金庫の固定されて動かない、重量感のある性質は、上句の「どこに行こうとするの」に対して、結局この場を動けずどこへも行くことができないかのようなイメージを付与している。巧妙に設計されたどこかコラージュのような言葉の連なりが、不思議なくらいに読み手の内側へ浸透する力を持っている。