小黒世茂『九夏』評 笹川諒
「玲瓏」所属の著者の第六歌集。
しづみゐし空母信濃に白骨をゆらすかそかな水流あらむ
雲つぎつぎ雲をうみだす南端のちひさな石碑にしらゆり挿せり
歌集のタイトルでもある「九夏」という一連より。第二次世界大戦中に撃沈され、今も深海に眠る空母信濃と乗組員を慰霊する旅を詠う連作だ。この歌集には旅の歌が多く、他にも熊野、対馬、越中、巨勢などを訪ねた際の歌が収められている。これらの旅は小黒さんのライフワークでもある日本の源流の探索を目的としたもので、臨場感のある歌を通して、知的好奇心や冒険心が大いにかき立てられる。
姉すでに立ち枯れてゐた足もとにともしび茸をひからせてゐた
となりの部屋のぞけば崖つぷちありて来るんぢやないよ姉が叱りぬ
十四歳年上の姉との関係を詠った歌も心に残る。老いが兆し、体調も心配な姉だが、ユーモアを大事にしつつ前向きに日々を送る主体の姿には、読んでいるこちらまで励まされる。
なにかが来る前のやうにも遠のいた後のやうにも目をつむる馬
集中、最も好きな歌。馬は人間とは全く違う時間の流れの中を生きているのだろう。それでも、馬の時間がたしかにそこに流れていることを感じることだけなら、人間にもできるのだ。
(「短歌人」2022年2月号掲載)