Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「西瓜」「ぱんたれい」同人

『MITASASA』第10号、相互評

MITASASA第10号の相互評を公開いたします。今回はメンバーの三田三郎・笹川諒に加え、かみしの(上篠かける)さんをゲストにお迎えしています。

 

※かみしのさんの近作は、『超ポエトリー宣言』(超ポエトリー宣言 - yoruiroyozora - BOOTH)等で読むことができますよ!

 

☆川柳

 

やさぐれたマナー講師が木に登る/三田三郎

 

昨今、マナー講師は嘘つきとしてバッシングの矢面に立たされている。このマナー講師は、もしかしてほんもののマナーを教えていた人だったのかもしれない。けれど、十把一絡げに叩かれて、心の優しい講師はやさぐれてしまった。そうして雄叫びとともに木に登った。それは衝動的なものだったのかもしれないけれど、その野性的行為はマナー以前に帰れ、という強烈なメッセージを視聴者に届けた。とても皮肉な川柳でわらってしまった。<かみしの>

 

ファム・ファタルならば送料無料です/笹川諒

 

例えばAmazon primeで『マノン・レスコー』を買ったら送料無料だった、という川柳なのかもしれない。でもこの句はなんだか怖い。それは「ならば」という接続詞の呪いだ。「だから」ではない。ここには「もしも」が隠されている。猟奇的な配達会社が、荷物の持ち主の女性は「ファム・ファタル」かどうか、試験を行う。成功すれば送料無料に加えて、はれてファム・ファタルになれる。もしも失敗してしまったら.......。<かみしの>

 

☆短歌

 

吉田っていえばトリプルファイヤーとつたわる人にもっていく白湯/かみしの

 

「吉田」という名前の有名人は多い中、この歌に登場する二人にとって「吉田」と言えば、まず「トリプルファイヤーの吉田」が思い浮かぶのだろう。ちなみに僕は「トリプルファイヤーの吉田」がネットで検索しないと分からなかったので、主体から白湯を持ってきてはもらえなそうな気がする。かみしの(上篠かける)さんの作品には花や火がよく登場し、どちらかと言えば色彩の過剰さのような部分が魅力のひとつだと感じているけれど(たとえば僕は、<コラージュの思想のさなかに踊りだせ火、火、炎、火の死後の風>というかみしのさんの歌が好きです)、この歌で出てくるのは「白湯」なのだ。主体は吉田=トリプルファイヤーという認識を共有できる相手であれば、透明で温かな白湯に象徴されるようなフラットで穏やかな関係が築けるかもしれないというかすかな期待があるのかもしれない。今回の連作の中では割と変化球的な立ち位置の一首から、過剰さと表裏一体の、透明性への強い希求を感じた。<笹川>

 

命名権をあげるよぼくの帝国のあなただけのいない帝国の/かみしの

 

いないからいる、不在だから存在する、ということは往々にして起こる。それは決して逆説ではない。「あなた」は「いない」にもかかわらず、ではなく、「あなた」は「いない」からこそ、「僕の帝国」に君臨するのである。この時すでに、「ぼくの帝国」における皇帝の座は「あなた」に奪われている。あるいは、もとより「帝国」は「ぼく」のものではなく、「あなた」のものであったと言うべきかもしれない。そうであれば、「帝国」の「命名権」も、皇帝たる「あなた」が有しているはずで、「ぼく」が「あなた」に「あげる」ことができるものではない。だからこそ、「命名権をあげるよ」という言葉は強がりめいた悲痛さを帯びてくる。そして、「帝国」の「命名権」を「あなた」に「あげる」ことができないことなど、「ぼく」が一番よく分かっているのである。<三田>

 

☆おまけ

 

笹川とかみしのさんは、今年の春に「詩客」というウェブサイトで短歌連作の二人競作&相互評でご一緒させていただきました。もしよろしければ読んでみてください。

春の 上篠かける « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

涅槃雪 笹川諒 « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

短歌相互評第38回 上篠かけるから笹川諒「涅槃雪」へ - 「詩客」短歌時評

短歌相互評第39回 笹川諒から上篠かける「春の」へ - 「詩客」短歌時評