平均律 笹川諒
夏のにおいがする方へ
心を広げてゆくと
青いマッチ箱があった
あなたはそのマッチ箱に座って
しかし
僕には決して見えない方の右手で
湖と詩とが互いに蝕み合わないように
よく抑えている
「自己修復という語彙をひとしく交換して」
僕たちは目を閉じれば
感情が一番ふさわしい形をとることを
あえなく知っていて
記憶の枝と枝を重ねると
シトラス水のように光りだすことは
もはや自明であった
「然るべきところへゆけば色をひとつ失う」
あなたはその開闢の歴史を
遺伝子を通して
(ある地点を越えたら、もう)
しずかに渡し
また次の、平均律の夏に
再び現れる
その度に僕たちは
ひとつずつ色を捨てて
※『現代詩手帖』2018年9月号 新人作品・選外佳作