Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「ぱんたれい」同人

『MITASASA』第6号、相互評

『MITASASA』第6号の相互評です。多賀盛剛さんがゲストの回です!

 

「色水」(詩)/笹川諒

 

我々が生活を営んでいる日常世界の反対側というのは、決して暴力団が跋扈する繁華街でもなければ、数多の銃弾が飛び交う戦場でもない。(無論、ブラジルでもない。)慈しむような手付きで丁寧に選び取られた言葉たちの連なりが軽やかに脱臼していく様を眺めるうちに、読者は自覚なしに日常世界から「ゆるく、はずれてゆく」。そして、何かに優しく(でもしっかりと)背中を押されるようにしながら、覚束ない足取りで最終連に辿り着いたとき、読者はいつの間にか日常世界の反対側に立たされていることを実感し、暫し「地下書庫」の中で呆然とせざるを得ないのである。<三田>

 

洗剤を入れ忘れても洗濯機は回り続けて健気なやつだ/三田三郎

 

洗濯機、ふくいれて、洗剤いれて、いちじかんたったらまわってへんかったことはある、たぶん、洗剤いれわすれたことも、あるとおもうねんけど、でも洗濯おわったあとの、けっかからわからんから、わからん、というにんげんからみて、とちゅうで洗剤いれわすれた、ってきづくん、なかなかすごい、ドラム式洗濯機なんやろか、せやったらなかみ、みえるもんね、たまたま洗濯機んとこ、もどってきづいたんかも、せやなくて、そとからなかみえへんの、これやったらもっとすごい、洗剤いれわすれたって、きおくがたしかにある、おもいだせる、もしかしたら、洗剤いれわすれたこと、じぶんはだめだなあって、おもてるんかもしれんけど、いえいえ、きづけるんがなかなかすごいですよ、っていってあげたい、でも、きづいてんのに、ストップボタンおさんと、洗濯機ながめてんの、これなかなかこわい! しかも洗濯機にたいして、うえからめせんで! ここは狂ってる、三田さんの短歌って、ひらたい日本語で、イメージもしやすいのに、それやのにいつも狂ってて、すごい。<多賀>

 

くつのうら、さくらだらけやったひと、いっしょにあるいてたぼくも、たぶん、/多賀盛剛

 

最後の「たぶん、」がグッとくる。一緒に歩いていた人(連作を通して読むと、おそらくお母さん)の靴の裏が桜のはなびらだらけなのを見て、自分の靴の裏もきっと同じように桜のはなびらがたくさん付いているのだろうな、と主体は思う。思うだけで、実際に靴の裏を確かめたりはしない。当然のことだが、人間はたとえ親子であろうと、どこまでいっても個の存在であり、どれだけ親しい他者との間にも明確に境界がある。にもかかわらず、この「たぶん」という発語の瞬間にその境界線が一瞬、ふっと緩むような、まるで赦しのような感覚が読み手にもたらされる。そして最後の「、」からは、それが今後も二人の関係性において持続していくような印象を受ける。今回の多賀さんの作品はきわめて高い連作意識に基づいて編まれているので、ぜひこの一首だけでなく、連作で通して読んでいただけたらと思う。<笹川>