Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「西瓜」「ぱんたれい」同人

歌集レビュー

小黒世茂『九夏』

小黒世茂『九夏』評 笹川諒 「玲瓏」所属の著者の第六歌集。 しづみゐし空母信濃に白骨をゆらすかそかな水流あらむ 雲つぎつぎ雲をうみだす南端のちひさな石碑にしらゆり挿せり 歌集のタイトルでもある「九夏」という一連より。第二次世界大戦中に撃沈され、…

橘夏生『セルロイドの夜』の、好きな歌10首

「短歌人」の橘夏生さんの第三歌集、『セルロイドの夜』。六花書林、2020年。 巴里のふゆ書割りめきて羞(やさ)しきを睫毛に雪をためしリセアン 朱(あけ)の甍に雲すぎゆきぬサンタ・マリア・デル・フィオーレに春を残して 雨の朝上海に死すことのほか希ひ…

橘夏生『大阪ジュリエット』の、好きな歌10首

「短歌人」の橘夏生さんの第二歌集、『大阪ジュリエット』。青磁社、2016年。 けふもまた「恋は水色」の音にのつてわらびもち売り来たる不可思議 二十三階のバルコニーにて川本くんを待つわたしは大阪ジュリエット 都こんぶ嚙みつつおもふ夜の底森茉莉にさへ…

橘夏生『天然の美』の、好きな歌10首

「短歌人」の橘夏生さんの第一歌集、『天然の美』。雁書館、1992年。 羅(うすもの)をまとへばつねに身になじむわたくしといふ存在はこれ なだらかな雲の波なすアルペジオわがために来し夏ぞとおもふ 性愛なぞに誰が惹かれる湯の底でわがくるぶしがうすく光…

内山晶太『窓、その他』の、好きな歌10首

「短歌人」の内山晶太さんの第一歌集、『窓、その他』。六花書林、2012年。 思い出よ、という感情のふくらみを大切に夜の坂道のぼる 観覧車、風に解体されてゆく好きとか嫌いとか春の草 みずからを遠ざかりたし 夜のふちを常磐線の窓の清冽 忘れたい 夕の鏡…

小谷博泰『カシオペア便り』

小谷博泰さんの第十二歌集、『カシオペア便り』。私家版、2019年。 ベイルマンの映画だったか雨上がりの路地裏が見えただけの一コマ 映画の中の何ということはない、些細なシーン。しかし、そのシーンを主体がたまたま思い出したとき、人生という時間の中に…

橘夏生『大阪ジュリエット』

「短歌人」の橘夏生さんの第二歌集、『大阪ジュリエット』。青磁社、2016年。 川本くんが棲む大鏡あるといふガラス問屋にわれは行きたし 「川本くん」は、作者の長年のパートナーであり、「短歌人」にも所属されていた川本浩美さん(歌集に『起伏と遠景』)…

小島熱子『ポストの影』

「短歌人」の小島熱子さんの第五歌集、『ポストの影』。砂子屋書房、2019年。 ゆずすだちかぼすひきつれ冬が来るついでにうつつの凸凹も連れ ゆず、すだち、かぼすといった柑橘類の果実の皮の凸凹から、現実に流れる時間の凸凹を感じ取る。どこか内省的な気…

紺野裕子『窓は閉めたままで』

「短歌人」の紺野裕子さんの第三歌集、『窓は閉めたままで』。短歌研究社、2017年。 出前用のバイクはふかく傾けり さびしい夜の碇とおもふ 昼間(もしくは震災前)は町を走り回っていたバイクが、大きく傾いた状態で停められている。福島の人々の抱える精神…

小島熱子『ぽんの不思議の』

「短歌人」の小島熱子さんの第四歌集、『ぽんの不思議の』。砂子屋書房、2015年。 透明な傘がわたくしをむき出しのままに庇護して 三月の雨 「むき出しのままに庇護」という一見矛盾したフレーズが印象的。雨を防ぐために傘をさすのだが、その傘は私を完全に…

大橋弘『used』

大橋弘さんの第二歌集『used』を読みました。普段短歌をやっていない人が読んでも面白く、短歌をガッツリやっている人にとっても新鮮な、素敵な歌集です。 イヤ。イヤですこんな逆さまの地上を叩く夏の陽射しは 夏の陽射しが暑い、イヤだ、と思っていたら、…

穂村弘『水中翼船炎上中』

穂村弘さんの四つ目の歌集となる『水中翼船炎上中』を、最近になってやっと読みました。以下、特に気になった歌とその感想です。 なんだろうときどきこれがやってくる互いの干支をたずねる時間 たとえば「どこの出身?」とか「血液型は?」といった質問であ…

冨樫由美子『草の栞』

「短歌人」の先輩、冨樫由美子さんの第一歌集『草の栞』を読みました。(探していたのですがなかなか手に入らず、短歌の友人から貸していただきました。) 同じかたちの若草色の扉(どあ)ならぶ白い廊下のゆめをまたみる 夢の情景の説明が、すでに絵画にな…

三田三郎『もうちょっと生きる』

昨日葉ね文庫でお会いした、三田三郎さんの第一歌集『もうちょっと生きる』を読んだ。 ・1日を2万で買ってくれるなら余生を売ってはいさようなら 結句の「はいさようなら」に驚く。余生を一日二万円で売って、そのお金を何かに使おうという訳ではなく、た…

川本浩美『起伏と遠景』

かつて「短歌人」に所属されていた川本浩美さんの遺歌集、『起伏と遠景』を読んだ。あとがきによると、現在僕がお世話になっている関西歌会の中心的なメンバーでもあったとのことである。歌集全体に独特の寂寥感が漂っていて、大阪の街や自分自身に関する事…

岩尾淳子『岸』

岩尾淳子さんの第二歌集『岸』を読んだ。神戸の海岸沿いの風景や、実生活を詠んだ歌をベースにしながらも、繊細で詩的な表現にたびたびはっとさせられ、作者のバランス感覚の良さのようなものを感じつつ読み進んだ。 ・帆をたたむように日暮れの教室に残され…

兵庫ユカ『七月の心臓』

兵庫ユカさんの短歌は『桜前線開架宣言』で印象に残っていて、いつか読みたいなと思っていた。先日ふと歌集の入手方法を調べてみると、販売は終了、国内でも所蔵している図書館が一館しかない(国立国会図書館にもない)という状況だったので、急いで地元の…

近藤かすみ『雲ケ畑まで』

「短歌人」の関西歌会でもお世話になっている、近藤かすみさんの『雲ケ畑まで』を読んだ。 今日はとてつもなく暑い日だったけれど、読んでいると気持ちが涼しくなるような、背筋がシュッとするような、そんな一冊だった。以下、特に好きな歌について。 ・忘…

安井高志『サトゥルヌス菓子店』

著者の安井高志さんは「浮島」という筆名で、twitterや『無責任』というWeb上の詩歌誌等で短歌を発表されていたとのこと。そして、その安井さんは昨年4月に急逝されており、この歌集は遺歌集ということになる。僕はこの歌集の情報をtwitterで知るまで、安井…

小佐野彈『メタリック』

巻末の野口あや子さんの解説に「異色の経歴に見落とされがちな、この折り目正しい定型観とたしかな描写は、おそらくここ数年の若手歌人にはなかったものだ。作歌意識はむしろ古典的と言える」とある。これはまさにその通りで、ここ最近歌集をあまり読めてい…

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』

佐藤弓生さんの第一歌集を読んだ。これまでの経験上、歌集なら第一歌集、小説ならデビュー作が結局一番好き、という作家さんが多かったけれど、佐藤さんの場合、第一、第二、第三歌集と重ねるにつれて、表現の幅が広がり、詩的深度も増しているし、何よりも…

佐藤弓生『薄い街』

『眼鏡屋は夕ぐれのため』に引き続き(佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』 - Ryo Sasagawa's Blog)、『薄い街』を読みました。最近は現代詩と短歌の境界について考えていたりするのですが、佐藤弓生さんはちょうどその境界の領域にいる歌人の一人だろうとい…

千原こはぎ『ちるとしふと』

歌集の装丁が良い!と思って、Amazonでポチりました。表紙だけでなく、歌集の中にも短歌にちなんだたくさんのイラストが描かれていて、素敵な歌集でした。以下、特に好きな歌の感想です。 ・おかえりと言う人のない毎日にまたひとつ増えてしまうぺんぎん 一…

ナイス害『フラッシュバックに勝つる』

私家版の歌集を購入したのは、宇野なずきさんの『最初からやり直してください』に続き、二冊目。twitterに流れてきたナイス害さんの短歌が面白くて、もっと読んでみたいと思い購入しました。跋文で雪舟えまさんが「すべて読み終えたあとにはナイス害ワールド…

瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end.』

最近、瀬戸夏子さんの短歌が気になっている。瀬戸さんの短歌の一般的なイメージを一言で言うなら、「とにかくわからない短歌」なのではないだろうか。僕自身も第一歌集『そのなかに心臓をつくって住みなさい』、第二歌集『かわいい海とかわいくない海 end.』…

佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』

佐藤弓生さんの歌集を読むのは、『モーヴ色のあめふる』以来、二冊目。色々ときっかけがあって(twitterでの佐藤さんのツイートに感銘を受けた、最近現代詩への興味が更に増した、等)、佐藤弓生ワールド再チャレンジ、といった感じです。付箋を貼りまくりな…

瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』

みずうみに出口入口、心臓はみえない目だからありがとう未来/瀬戸夏子 中学生の時、英語の授業で、好きな色を紙に英語で書いて、自分と好きな色が同じ人を探してペアになるというゲームがあった。僕は普通にwhiteと書いたのだけれど、whiteの人が全然見つか…

萩原慎一郎『滑走路』

萩原慎一郎さんの『滑走路』。年始に一回読んだのだけれど、先日、新聞記事(朝日新聞2018年2月19日夕刊10頁) に、この歌集が取り上げられているのを読んで、改めて読み直した。新聞記事には作者の死因が自死であることがはっきりと書かれており(歌集には…

本多真弓『猫は踏まずに』

本多真弓さんの『猫は踏まずに』を読みました。まず、本の装丁がすごく素敵で、千種創一さんの『砂丘律』を読んだときも思ったけれど、これからは歌集の装丁にも書き手の個性がどんどん表現されるようになってくるのかなと思いました。表紙をめくると、遊び…

石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』

石井僚一さんの『死ぬほど好きだから死なねーよ』を読みました。この歌集はまるでカメレオンのように、様々な角度から色々な修辞を駆使した歌を提示してくるのだけれど、歌集の一番最後の歌にもあるように、最終的には「らぶ」を志向した上での、紆余曲折の…