『短歌人』
ボトルシップ 笹川諒 朝露のホールデン少年はまず何をするのだろう退院後 昨日夢の中でも夢を見た人がみんな集まるBIGMAN前 原野、それから誰かが歌うサンタ・ルチアを思い言葉をはかなく尽くす 存在しない詩誌の名前が朗らかに眠るよはつなつのつま先…
「詩線」に掲載された永井陽子の歌 笹川諒 「詩線」は、学生時代に同じ文芸部に所属していた大西美千代(詩)、黒田百合子(エッセイ)、永井陽子(短歌)の三名によって、一九七五年に創刊された同人誌だ。その後、瀬川良子、松平盟子も加入したが、十二号…
小黒世茂『九夏』評 笹川諒 「玲瓏」所属の著者の第六歌集。 しづみゐし空母信濃に白骨をゆらすかそかな水流あらむ 雲つぎつぎ雲をうみだす南端のちひさな石碑にしらゆり挿せり 歌集のタイトルでもある「九夏」という一連より。第二次世界大戦中に撃沈され、…
流動 笹川諒 青空にブローチの針を刺すような痛みのことをうまく言えない 自然体を意識するほど最寄り駅のサイズはいつもと違って見える 梅雨の月 水に近づく生き方と遠ざかる生き方とそのほか 十四、五年を滴らせつつやって来るから亀って夢の中ではこわい …
20代・30代会員競詠 8首 笹川諒 神に鬱きざして春のひとしれず青く塗られてゆくハーモニカ 自分の性格がわからない川沿いの桜に首を絞められながら わたしがいちばん図形だったとき、梅田でも迷うことはなかった 少しだけ歴史を信じるのもいいね旅の終わりに…
「短歌人」の橘夏生さんの第三歌集、『セルロイドの夜』。六花書林、2020年。 巴里のふゆ書割りめきて羞(やさ)しきを睫毛に雪をためしリセアン 朱(あけ)の甍に雲すぎゆきぬサンタ・マリア・デル・フィオーレに春を残して 雨の朝上海に死すことのほか希ひ…
「短歌人」の橘夏生さんの第二歌集、『大阪ジュリエット』。青磁社、2016年。 けふもまた「恋は水色」の音にのつてわらびもち売り来たる不可思議 二十三階のバルコニーにて川本くんを待つわたしは大阪ジュリエット 都こんぶ嚙みつつおもふ夜の底森茉莉にさへ…
「短歌人」の橘夏生さんの第一歌集、『天然の美』。雁書館、1992年。 羅(うすもの)をまとへばつねに身になじむわたくしといふ存在はこれ なだらかな雲の波なすアルペジオわがために来し夏ぞとおもふ 性愛なぞに誰が惹かれる湯の底でわがくるぶしがうすく光…
「短歌人」の内山晶太さんの第一歌集、『窓、その他』。六花書林、2012年。 思い出よ、という感情のふくらみを大切に夜の坂道のぼる 観覧車、風に解体されてゆく好きとか嫌いとか春の草 みずからを遠ざかりたし 夜のふちを常磐線の窓の清冽 忘れたい 夕の鏡…
「短歌人」の橘夏生さんの第二歌集、『大阪ジュリエット』。青磁社、2016年。 川本くんが棲む大鏡あるといふガラス問屋にわれは行きたし 「川本くん」は、作者の長年のパートナーであり、「短歌人」にも所属されていた川本浩美さん(歌集に『起伏と遠景』)…
図書館へ徒歩でゆくとき雨傘もレインブーツも葡萄酒のいろ(冨樫由美子) 一粒の雨水ほどの面積でいいからずっと触れていたいよ(鈴掛真) 夢に出たスウェーデン人が言うのだが「君の人生は固まったまま」(いばひでき) 魂に栞を挟む箇所はなく午前のどこも…
「短歌人」の小島熱子さんの第五歌集、『ポストの影』。砂子屋書房、2019年。 ゆずすだちかぼすひきつれ冬が来るついでにうつつの凸凹も連れ ゆず、すだち、かぼすといった柑橘類の果実の皮の凸凹から、現実に流れる時間の凸凹を感じ取る。どこか内省的な気…
「短歌人」の紺野裕子さんの第三歌集、『窓は閉めたままで』。短歌研究社、2017年。 出前用のバイクはふかく傾けり さびしい夜の碇とおもふ 昼間(もしくは震災前)は町を走り回っていたバイクが、大きく傾いた状態で停められている。福島の人々の抱える精神…
「短歌人」の小島熱子さんの第四歌集、『ぽんの不思議の』。砂子屋書房、2015年。 透明な傘がわたくしをむき出しのままに庇護して 三月の雨 「むき出しのままに庇護」という一見矛盾したフレーズが印象的。雨を防ぐために傘をさすのだが、その傘は私を完全に…
てのひらをひらけばそこに窓がある 空がくずれてゆくのがみえる(千葉みずほ) ビルを囲む鉄骨覆う防音カバー越しから空のそこだけを見る(浪江まき子) 弟がパンツ洗って干しているそれユニクロで買ったよ俺も(葉山健介) 楽しさに偏りのある一日を味がな…
『短歌人』の歌の一首評を少しずつ、時間の許す範囲で書いていこうかな、と思います。気長にお付き合いいただけましたら……。 塩で炒めただけのキャベツをつまみつつ水仙みたいな夢想に浸る/千葉みずほ 「水仙」「夢想」とあると、ギリシャ神話のナルキッソ…
子と夫に呼ばれ続ける一生の吹雪の窓に咲く君子蘭(小原祥子) あを以外アリスのドレスを何色に塗るか悩みて過ごすひねもす(岡本はな) 食塩水ばかり作らせる教科書の文章題をココアに代える(柳橋真紀子) ことば言葉ことばの合間に山茶花がちらほら咲いて…
ひとしきり記憶は荒み湯の中の手は翌日の雨の音する(高良俊礼) 去年今年朝にはパンとミルクティーこころのうちの短き祈り(冨樫由美子) 願わくは現役のまま死にたいと明るく語る暮れの中華屋(いばひでき) 見たことのないやや低い標識を見終える前にバス…
秋深く明朝体のこころもてクラリネットの音色を聴けり(冨樫由美子) 道路工事の脇の花壇の花のうえ上着がのっているたたまれて(浪江まき子) 合格も赤点もない日々のため今夜はカレーライスをつくる(葉山健介) 皆が皆じぶんは悪くないという顔をならべた…
「短歌人」の先輩、冨樫由美子さんの第一歌集『草の栞』を読みました。(探していたのですがなかなか手に入らず、短歌の友人から貸していただきました。) 同じかたちの若草色の扉(どあ)ならぶ白い廊下のゆめをまたみる 夢の情景の説明が、すでに絵画にな…
旅人の目をして生きてゐることをまぶかにかぶる帽子に隠す(冨樫由美子) 抒情とは震えのことに他ならず触れて良いものと悪いものとの(高良俊礼) 若い子に道を譲れと言われて泣いた長い氷河期の終わりに(国東杏蜜) 吉田君ときけば私は一番に牛のあの仔を…
秋という祈りの中に紫木蓮はぐれて一枝間の抜けた空(高良俊礼) 毎晩の眠りが日々の趣味となり安らぎゆくは死の練習か(いばひでき) ひまわりじゃなかったダンデライオンのたてがみしわがれはててもう、秋(鈴木杏龍) 甥っ子が庭でバットを振っている何か…
つぎつぎと割れゆくせんたくばさみさすひのひざしれきしとは石と灰(鈴木杏龍) コーヒーの水面は揺れてその底にかがやく闇があり更に雨(高良俊礼) 三年間一度たりとも使わずに埃をかぶる穴あけパンチ(上村駿介) 角を曲がります、と心につぶやいて角曲が…
少年が光線(ひかり)の中をよぎり来てわれにものいう双腕を垂り(北岡晃) ひまわりの背丈こえたらあとはもう、ただ、もう、ひとりびとりの道途(鈴木杏龍) 出身を聞けば「火星」と真剣に答えるような男の寝顔(鈴掛真) 満ちてゆく今朝の木漏れ日葉脈を巡…
かつて「短歌人」に所属されていた川本浩美さんの遺歌集、『起伏と遠景』を読んだ。あとがきによると、現在僕がお世話になっている関西歌会の中心的なメンバーでもあったとのことである。歌集全体に独特の寂寥感が漂っていて、大阪の街や自分自身に関する事…
だれもが舌をうまく収めてくちびるを閉じている はつなつのバス停(鈴木杏龍) とうめいな千の小鬼が駆け抜けた青田よこはれた今日の前触れ(岡本はな) 慰めは言わなくていい絵葉書のマトリョーシカになみだを描く(たかだ牛道) 偶然が重なっていく 低速で…
ろくがつのいきのしやすい肺胞をきしませて 誰 まっていたのは(鈴木杏龍) 前後左右を白きタイルに囲まれてわれの思考は四角くなりぬ(太田青磁) 炊飯器の予約ボタンが点りおりいいかもしれぬ独りっきりは(小原祥子) これの世の父のかぶりしソフト帽ひそ…
手をつなぎゆつくり進む子とふたり紋白蝶に追ひ越されをり(桃生苑子) 考えの差し出し方のうつくしいあなたの真似で五月を抜ける(相田奈緒) 犬をイヌ用キャリーで運ぶ人がいていつもより強くつり革を持つ(浪江まき子) 乳酸菌一億個 個? 個だそうです …
「短歌人」の関西歌会でもお世話になっている、近藤かすみさんの『雲ケ畑まで』を読んだ。 今日はとてつもなく暑い日だったけれど、読んでいると気持ちが涼しくなるような、背筋がシュッとするような、そんな一冊だった。以下、特に好きな歌について。 ・忘…
今朝ひとつ覚悟のようなかなしみが風に揺れたりテッポウユリよ(高良俊礼) 降る音が雨と気づけり薄闇の小さき神社に我が耳ふたつ(古賀大介) あゆみよることですか はい。がいじんの配るカレーのビラも受け取る(鈴木杏龍) 忘れずにいてほしいのは約束じ…