Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「西瓜」「ぱんたれい」同人

『MITASASA』第7号、相互評

MITASASA第7号の相互評を公開します。今回はメンバーの三田三郎・笹川諒に加え、金川宏さんをゲストにお迎えしています。ネプリをもう読まれた方はもちろん、まだの方でもお楽しみいただける内容になっているかと思います!ネプリの配信は6月8日土曜日までですので、お忘れなく。

 

肝臓の薬を酒で飲み下しみんな一緒に矛盾しようよ/三田三郎

 

肝臓の薬を酒で飲み下すとは、まったく……と思うのだが、面白いのはこの時点で主体は結構酔っていそうなのに、自分の行為が矛盾しているということを冷静に自覚しているという点だ。また、自分一人で勝手に矛盾していればいいものを、「赤信号みんなで渡れば怖くない」とでも言うように、「一緒に矛盾しようよ」と呼びかけている。一人でやさぐれながら飲むのではなく、何だか一緒にスポーツでもしようと誘っているかのような倒錯的な爽やかさがあるのだが、これは「みんな一緒に」という少し幼い感じのする言葉遣いや、文末の「よ」によるもので、このあたりの細かい言葉の捌き方が三田さんならではだな、と思った。<笹川>

 

コインチョコを壁にぺたぺた貼っていく遊びがあれば二人でしたい/笹川諒

部屋干しの水蒸気たちに囲まれて眠る 命名とはこんなもの/同

砂袋にレモンを詰めて待っていて、あらゆる緊急停車の先で/同

 

一首評ということだが、ここでは連作全体に触れてみたい。先頭と五首目、末尾の歌を掲げてみた。連作の先頭に置かれた一首。この二人って、アメリカ映画『明日に向かって撃て』の銀行強盗、ブッチとサンダンスじゃないかと勝手に思ってしまった。『ゴールドラッシュ』というタイトルと、コインチョコという本物よりキラキラしている金貨に刺激されたのかもしれない。二人は、まんまと手に入れた獲物をニヤニヤしながら「壁にぺたぺた貼っていく」。そんな遊戯を仮想することから小さな日常の物語が始まる。続く連作の二~四首目は、恋人同士サンダンスとエッタがささやいているような感じだ。「あったなんてね」「いくぶんか」「ああ・・・だった」、柔らかな語り口。「椅子」「摩天楼」、ちゃんと歌の核になる物も仕込んである。エッタは「きんいろの猫」だ。真ん中に掲げた連作五首目。「部屋干しの水蒸気たちに囲まれて眠る」、なんとも素敵な静けさに包まれた夜が歌われている。音楽で言えば、アレグロで始まってここでラルゴに変わるような。「命名とはこんなもの」、静寂のなかでふっと呟かれるこの言葉が憎らしいほど効いている。「命名」というのは単純に子供に名前をつけるというのではないような気もする。平凡だけれども優しさに包まれた夜の、世界全体を命名しているのかもしれない。連作六首目には、言葉によって次の言葉を切り開いてゆく作者の作品制作手法の一端が垣間見える。「燃えたがる向日葵」というのは様々な読みを誘発するだろう。そして、連作末尾の歌。どうしても『明日に向かって撃て』のラストシーンを思い出してしまう。ブレッドソー保安官に「おまえらにできることは、死に場所を選ぶことだけさ」、と追いつめられた二人が砂袋にぎっしりと詰め込んでいたのは、なんと金貨ではなくレモンだったとは。あざやかな幕切れである。最後に笹川さんに、この一連の中にあのバート・バカラックの「雨にぬれても」に彩られた一篇の詩のような自転車のシーンを詠んだ歌を入れてほしかったなあ、とないものねだりをしておきます。<金川

 

殺めたき紅葉の背へみたしゆくつぎはぎだらけのひかり ほろびよ/金川

【ルビ】背:せな

 

一読しただけでは、禍々しい印象を受けるかもしれない。それもやむを得ないことで、「殺めたき」「つぎはぎだらけ」「ほろびよ」と、物騒な単語がこれでもかと並んでいるのだから。ただ不思議なことに、丁寧に読み返してみるうちに、初読時から少しずつ印象が変わってくる。当初の生々しさやウェットさが蒸発し、静謐な慈愛を帯びた空間が立ち現れる。そこにおいては、「ほろびよ」という言葉さえ、厳粛な救済の執行を表しているかのようである。<三田>