Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/短歌のことを書いていこうと思ってます。

川本浩美『起伏と遠景』

かつて「短歌人」に所属されていた川本浩美さんの遺歌集、『起伏と遠景』を読んだ。あとがきによると、現在僕がお世話になっている関西歌会の中心的なメンバーでもあったとのことである。歌集全体に独特の寂寥感が漂っていて、大阪の街や自分自身に関する事柄をとても丹念に描かれている。デザイナーというお仕事とも関係があると思われるが、絵画的な把握に基づいて作られた短歌も多くあり、印象深かった。

 

・イルミネーションくまなく飾る一戸建て満艦飾の艦はさすらふ

 

一戸建ての家に住む家族という、一見安定した共同体にひそんでいる危うさや寄る辺のなさが、「さすらふ」という語に出ている。「くまなく飾る」もそう考えると、どこか病的な行為に思えてくる。

 

・ゆきどまる路地の奥にてほのかなる門は門灯に照らされてあり

 

川本さんはよく散歩をされる方だったのだろう。目的地もなく気の向くままに散歩をしていると、思いも寄らぬ所で行き止まりに突き当たった。しかし、行き止まりの奥にある門は、あたたかな灯りに照らされているのだった。神のささやかな恩寵のような、優しい歌。

 

・鉄塔の一基あかねにかがよへる勁き構図に寄りゆきにける

 

夕焼けを背にした鉄塔が、一枚の絵画のように見えた。その景の構図のあまりの迫力に、思わず主体は鉄塔へと吸い寄せられる。芸術と人間のすごく根源的な部分との関係性について歌っているように思う。

 

・曇り日の象を見たいといふ願ひあはき願ひはかなひがたしも

 

この象は天王寺動物園の象だろうか。たまたまその日の天気は曇りで、何となく象が見たいと思っただけなのだけれど、たまたま何か原因があって、それが叶わなかった。それだけなのだけれど、こういう些細な偶然さえもどこか必然であるかのような、運命論的な視点を僕は感じた。

 

・さまざまのテントのなかにタイガースの旗を掲げしテントもありぬ

 

阪神大震災を詠んだ一連より。仮設テントで暮らす人たちのテントの中に、阪神タイガースの旗を掲げているテントがあった、という歌。本当に困難な時に心の拠所となるものが信仰なのだとしたら、彼らにとって信仰の対象は神でも仏でもイエス・キリストでもなく、阪神タイガースなのである。極限の状況になって初めて見えてくるものに対する鋭い観察、また一方で、阪神タイガースを心から愛する関西人への主体の愛着も垣間見える歌である。

 

 

起伏と遠景―川本浩美歌集

起伏と遠景―川本浩美歌集