Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/短歌のことを書いていこうと思ってます。

小佐野彈『メタリック』

巻末の野口あや子さんの解説に「異色の経歴に見落とされがちな、この折り目正しい定型観とたしかな描写は、おそらくここ数年の若手歌人にはなかったものだ。作歌意識はむしろ古典的と言える」とある。これはまさにその通りで、ここ最近歌集をあまり読めていなかったのとも重なったのか、この小佐野さんの『メタリック』を読んでいると、すごく「短歌を読んでいる!」という実感が湧いた。それと同時に、自分が短歌的な短歌(表現が難しいけれど)にもやはりちゃんと惹かれる部分を持っていたことが確認できて、何だか嬉しくなった。

 

 

・どれほどの量の酸素に包まれて眠るふたりか 無垢な日本で

 

 

短歌研究新人賞受賞作の一連より。前後の歌から、二人は同性の恋人同士と考えられる。空気は目に見えない。その空気の中に20%くらい含まれている酸素を無意識のうちに吸うことで、われわれは生命を維持している。社会も空気と同じように目に見えて把握できるものではなく、同性愛者というマイノリティの側の立場の人にとって、社会にどれだけ自分たちのアイデンティティが受容されているのか、ということは常に未知で計り知れない部分なのではないかと思う。けれどどれだけ不安に思ったところで、空気中の酸素濃度が多少変動しようともわれわれはその量の酸素を吸って生きるしかないのと同様、自分が今いるその社会の中で生きていくしかないのだ、という風に読んだ。

 

小佐野さん自身によるこの歌のネタバレ(?)が書かれている記事を、たまたま見つけたのでリンクを。

http://genxy-net.com/post_theme04/9292217l/

 

 

・蕁麻疹胸にひろごる晩秋にきつと迎へに来るさ彼なら

 

 

この歌の前の歌、<寝るまへに飲みくだすべく鈴蘭の骨のやうなる錠剤を割る>から、蕁麻疹の原因は薬の副作用だろうか。また、更に前の歌で心療内科に行く場面が詠まれているので、ストレスが原因の蕁麻疹なのかもしれない。蕁麻疹の直接の原因はわからないけれど、蕁麻疹の赤色は「彼」へのSOS信号のようだ。蕁麻疹は一般的に美しいと言われるものではないと思うけれど、この歌の蕁麻疹はどこか美しさを孕んでいる。

 

 

・スカートを風になびかせタカヒロは西北西の空を仰ぎぬ

 

 

タカヒロ」は性同一性障害なのか、それともクロスドレッサーなのだろうか。いずれにせよ、世間からするとマイノリティの側の人間だと言える。西北西という細かい方角を普段意識することはまずないけれど、「タカヒロ」にとって空が開かれているのは、東でも西でもなく、西北西のみなのだ。けれどこの歌からは「風になびかせ」という表現から、閉塞感というよりはむしろ、西北西の空が「タカヒロ」にとって開かれていることへの祝福に近いものを感じた。

 

 

・傾斜角は夜毎に深くなるやうだ異性愛者はひどく疲れて

 

 

傾斜角が深くなるというのは、雑踏の中の帰宅中のサラリーマンの群れが疲れて俯きがちになっているということなのか、それとも眼前の特定の一人を指しているのか微妙なところ。ただいずれにせよ、対象を「異性愛者」と呼ぶことに衝撃を受ける。「この人は同性愛者だ」ということはあっても、「この人は異性愛者だ」とわざわざ言うことはまずないからだ。でもそのこと自体、社会のマジョリティの側の立場からの偏った認識だと気付かされる。そして、大分言葉の選択が難しくなってきたけれど、偏った視点を排し、「同性愛者」と「異性愛者」を完全にフラットなものとして二つ並べたときに、「異」の文字はやけに目立つ。まるで「異性愛者」の方がマイノリティであるかのようだ。そういったプロテストがこの「異性愛者」という言葉の選択には込められているような気がする。

 

 

メタリック

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