Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「西瓜」「ぱんたれい」同人

<一首評>初谷むいさんの短歌より

エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜をおもうよ

/初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

 

 

ちょっとした遊び心で、エスカレーターを「えすか」と略して呼ぶ。でもそれは二人だけにしか通じない特別な呼び方。長い「えすか」を下から見上げると、どこか遙か遠い場所のことを思ってしまう。「えすか」。まるで「永遠」を意味する外国語のような響きだ。私たちにはいつから、物に名前をつける力があったのだろう。どれだけ昼間一緒にいても、必ず一人一人別々に過ごす夜はあって。あなたの夜を二人で過ごすことはできないのだけれど、それなら、せめて、あなたの夜を思うよ。

 

という風に読んだ。以下、同じ歌集の中より。

 

・お湯のことさゆって呼べばおいしそう さゆ きみの中身を知りたいよ

・最近は「驟雨」を覚え本屋さんで汗かくことに「驟雨」を当てた

・なにになったらわたしはさみしくないんだろう柑橘系の広場の中で

・ぼくはきみの伝説になる 飛べるからそれをつばさと呼んで悪いか

 

「さゆ」の歌は、構造的にも「えすか」の歌にとても似ている。「名付ける/名前を呼ぶ」という行為は、初谷さんの中でとても重要なことなのだろう。新しい名前として与えられた言葉は、目の前の現実を超越し、羽ばたいてゆく。「えすか」のような造語や、「柑橘系の広場」といったオリジナルな言葉の組み合わせによる世界の再構築・再定義は、歌集の巻末で山田航さんが述べている「新鮮なリズム感覚」に加えて、初谷さんの短歌の大きな特徴の一つだと思う。