Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/短歌のことを書いていこうと思ってます。

法橋ひらく『それはとても速くて永い』

先日、批評会も開催された、法橋ひらくさんの歌集『それはとても速くて永い』。好きな歌のいくつかについて、書きます。

 

 

・生きるのはたぶんいいこと願いごと地層のように重ねてゆけば

 

「地層のように」という表現が、深い。地層は長い年月を経て、自然に形成される。そこに誰かの作為はない。もし願いごとが叶わなかったとしても、人生の一つ一つの時期に、ささやかでも何か夢を持ったり、誰かの幸せを願ったりする、そういった心の動きを静かに積み重ねていくだけで、人生はたぶん、いいものになる。

 

・眠ろうか 触れると閉じる葉のように今日は誰とも会わずにいたい

 

「触れると閉じる葉」は、オジギソウの葉だろう。オジギソウが葉を閉じる様子は、植物という生物でありながら、まるでロボットのオン/オフの、オフに相当する。人間がオジギソウのようにオン/オフの機能を持たないことのままならなさ、を作者は飛び越え、「眠ろうか」という許しを、自分で自分に与えるのである。

 

・探り合う目と目のなかに磨かれて欠けてゆくオパール ごめん

 

前後の歌から、体調を崩し、実家で療養中に母親と話している場面だと考えられる。直前の歌は、<ごぶさたの実家は妙にひろびろと明るい 母はいくぶん痩せた>。少し痩せた母親は、息子のことを心配しているのだろう。息子に何かあったのか、訊いてみたいけれど、適切な言葉が見つからない母親。どれだけ心を尽くして言葉を選んでも、息子を傷つけてしまうのではないか、と疑心暗鬼になってしまう。そんな母親の心の動きが、言葉を交わさずとも、目と目を通してありありと伝わってくる。母親の瞳を宝石に喩えた、「磨かれて欠けてゆくオパール」という独自の表現には、可視化された母親の心の揺れと場面の緊迫感、そして息子から母親への愛情が込められている。

 

・こころにも掌がある(それをほどく)冬晴れの多摩川をゆく

 

休日に多摩川沿いを散歩していると、ふいに、まるで固く握ったこぶしのように、自分の心に力が入っていたことに気付く。仕事や人間関係で、知らず知らずのうちに凝り固まってしまった心。しかしそれをほどくのは、他の誰でもない、自分自身なのだ。外からの刺激をとても繊細に感受する一方で、自己の修復もきわめて意識的に行おうとする作者像が浮かび上がってくる。

 

 

まだまだ好きな歌はたくさんありますが、とりあえず今日はこの辺で。新鋭短歌シリーズで一番好きな歌集です!また今度、『それとて』以後の法橋さんの短歌について、何か書けたらいいなと思っています。

それはとても速くて永い (新鋭短歌シリーズ)

それはとても速くて永い (新鋭短歌シリーズ)