Ryo Sasagawa's Blog

笹川諒/「短歌人」所属/「ぱんたれい」同人

最近の活動まとめ(2020年)

最近の活動まとめ(2020年12月20日更新)

※2019年以前はこちら→最近の活動まとめ(2019年) - Ryo Sasagawa's Blog

 

☆短歌作品

・「サブマリン」10首(『ぱんたれい』vol.2)

・「ムーンライト・シャドウ」20首(『短歌人』2020年9月号)

・20代・30代会員競詠 10首(『短歌人』2020年8月号)

・「仮設の映画館」5首(『映画「タゴール・ソングス」応援企画』)

・「パス練習」13首(『七物語』2020)

・「とある帰省」15首[第19回髙瀬賞受賞作](『短歌人』2020年7月号)

・「草原」5首(『とり文庫』vol.10)

・口語短歌アンソロジー 1982-2019に1首掲載(『Sister On a Water』第3号)

・「原光」15首(『too late』2)

 

☆短歌関連文章

・エッセイ 「ファーストアルバム」(『うた新聞』2020年11月号)

・歌集評 松木秀『色の濃い川』(『青磁社通信』vol.31)

第三十一号 – 青磁社 seijisya

・文章「私が選んだベスト3」(『短歌人』2020年11月号)

・エッセイ 「パンデミックとわたしと詩歌」(「パンデミックとわたしと」)

古本屋は『普通』に開いているほうがいい(みつづみゆきこ)/パンデミックとわたしと詩歌(笹川諒)|パンデミックとわたしと|note

・文章「デジャヴュの心地よさ」[大橋弘『既視感製造機械』評](『短歌人』2020年8月号)

・歌集評 近藤かすみ『花折断層』(『短歌人』2020年5月号)

・一首評 秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』(『MITASASA』増刊号 歌集を読む!編5)

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・一首評 法橋ひらく『それはとても速くて永い』(『MITASASA』増刊号 歌集を読む!編4)

MITASASA増刊号(歌集を読む!編4).pdf - Google ドライブ

・一首評 御殿山みなみ『モモモノローグ』(『MITASASA』増刊号 歌集を読む!編3)

MITASASA増刊号(歌集を読む!編3).pdf - Google ドライブ

・一首評 三田三郎『もうちょっと生きる』(『MITASASA』増刊号 歌集を読む!編2)

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・一首評 大橋弘『既視感製造機械』(『MITASASA』増刊号 歌集を読む!編)

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☆川柳作品

 

・「アップリケ」5句(『短夜 拡大版』)

・毎週web句会入選句より10句掲載(『まいうぇぶ2 毎週web句会合同句集』)

・「トワイライト」10句(『川柳スパイラル』第8号)

・「涼しいキッチン」10句(『もりもとがにゃんを辞めた日』)

 

☆イベント、その他

・秋月祐一第二歌集『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』(青磁社) 編集協力

・2020年2月9日 暮田真名第一句集『補遺』批評会 推し句バトル発表者

最近の活動まとめ(2021年)

最近の活動まとめ(2021年1月17日更新)

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※2020年はこちら→最近の活動まとめ(2020年) - Ryo Sasagawa's Blog

 

☆短歌作品

・「絵葉書」4首(『ねこまんま』vol.8)

 

☆短歌関連文章

 

☆川柳作品

 

☆イベント、その他

第一歌集『水の聖歌隊』発売!

書肆侃侃房さんの新鋭短歌シリーズ(第5期)の一冊として、

第一歌集『水の聖歌隊』を刊行することになりました!

 

監修・解説:内山晶太さん、装画:坂月さかなさんです。

 

発売日は2月7日ですが、既にAmazonから予約が可能です。

お読みいただけましたら嬉しいです。よろしくお願いします!

 

書籍の詳細:

『水の聖歌隊』 笹川 諒|新鋭短歌シリーズ|短歌|書籍|書肆侃侃房

Amazon

水の聖歌隊 (新鋭短歌シリーズ49) | 笹川 諒, 内山晶太 |本 | 通販 | Amazon

出版社:

笹川 諒『水の聖歌隊』 | 本のあるところ ajiro オンラインストア 

 

水の聖歌隊 (新鋭短歌シリーズ49)

水の聖歌隊 (新鋭短歌シリーズ49)

  • 作者:笹川 諒
  • 発売日: 2021/02/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

MITASASA増刊号(歌集を読む!編5)

MITASASA増刊号(歌集を読む!編5)の配信を開始しました!

今回はPDFでの公開も行っておりますので、お好きな方法でお読みいただけましたら幸いです。秋月祐一さんの歌集『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』の、10名による一首評です。

 

【寄稿者のみなさま(五十音順・敬称略)】

大橋弘岡本拓也、こうさき初夏、笹川諒、鈴木智子、多賀盛剛、西村曜、三田三郎、光本博、未補

 

 【PDFへのリンク】

MITASASA増刊号(歌集を読む!編5).pdf - Google ドライブ

 

【ネプリ出力方法】

セブンイレブン→49158853

ローソン他コンビニ→45QEQLPQQ7

A4白黒1枚20円です。12/27(日)まで。

 

【歌集の購入について】

全国大型書店・Amazon等で購入可能です。

 

ネプリ『MITASASA』第15号

ネットプリント『MITASASA』の第15号、配信開始しました!(~2020年11月29日)

今回は三田三郎さんの短歌+エッセイです。

 

☆短歌+エッセイ

三田三郎「アイム・ジャスト・ワーキング」

 

【出力方法】

ローソン他コンビニ→45QEQLPQQ7

A4白黒1枚、20円です。

 

どうぞよろしくお願いします。

原稿募集のお知らせ(MITASASA増刊号・『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』)

MITASASA増刊号(歌集を読む!編5)の原稿を募集いたします!

 

第一回:大橋弘『既視感製造機械』

MITASASA増刊号(歌集を読む!編) - Ryo Sasagawa's Blog

第二回:三田三郎『もうちょっと生きる』

MITASASA増刊号(歌集を読む!編2) - Ryo Sasagawa's Blog

第三回:御殿山みなみ『モモモノローグ』

MITASASA増刊号(歌集を読む!編3) - Ryo Sasagawa's Blog

第四回:法橋ひらく『それはとても速くて永い』

MITASASA増刊号(歌集を読む!編4) - Ryo Sasagawa's Blog

 

と、歌集を読む!編のネプリを発行してきましたが、五回目となる今回は、秋月祐一さんの第二歌集『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』(青磁社、2020年)の一首評企画を行います。

 

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、最近読んだ歌集の話を誰かとするというのもなかなか難しい状況の中、歌集の感想を大勢で共有できる機会があれば……というのが前回までと同様、この企画の趣旨です。どなたでもお気軽にご投稿ください。

 

秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』は、全国大型書店・Amazon・出版社への注文等で購入可能です。

 

【MITASASA増刊号 歌集を読む!編5】

 

配信方法:

ネットプリントTwitter等でのPDF公開 (2020年12月中旬頃予定)

 

募集内容:

秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』から、好きな一首を選び、その歌についての200字程度の一首評(字数は、多少増減しても大丈夫です)。

※すみませんが、謝礼等はございません。ご了承ください。

 

締切:

①参加締切 2020/11/29

参加お申込みの際に、一首評をどの歌で書くかをお知らせください。希望の歌が重複した場合は、先着順にさせていただきます。

また、参加希望者があまりに多い場合は、募集を途中で締め切る場合もあります。

※参加したいけれど、どの歌で評を書くかをじっくり考えたいという方は、ひとまず参加のお申し込みをしていただき、歌の希望を11/29までに送っていただくという形でも大丈夫です。

 

②原稿締切 2020/12/6

 

参加申込み・原稿の送付:

Twitterの場合→MITASASAのアカウント(@ms_yogisha)宛にDM

メールの場合→ryo.ryo.ryo514☆gmal.com (☆を@に)

 

たくさんのご投稿、お待ちしております!

 

(以下、秋月祐一『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』より五首抜粋)

桃をもらひ礼状を書くこの夕べいつもより字をていねいに書く

旅先で買つた文庫のブックカバー今もつけてる旅のつづきを

踏み抜いた夢のうちそと ぼくたちはゐるゐるゐないゐないゐるゐない

透明な生き物図鑑をながめつつ何度「負けた」とおもつたことか

ちぷたぷと緩衝材を潰してるちぷたぷ、きみはおでこ広いな

 

最近読んだ本

吾峠呼世晴鬼滅の刃』1~3巻(集英社、2016年)

 

 先日、『鬼滅の刃』の映画(「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」)を観に行った。漫画もアニメもどちらもノータッチで、『鬼滅の刃』に関する知識は皆無だったけれど、これだけ流行っているとさすがにどんな作品なのかと気になってしまう。

 映画自体は普通に面白かった。個性豊かな仲間と助け合い、自分自身を鼓舞しながら、困難に立ち向かっていく主人公たちの姿は感動的で、とても健全な作品だと思った。映画を観たと知人に話したら、原作の漫画もぜひ読んだ方がいいよと言われたので、早速一巻から読んでみることにした。

 やはり漫画の方が心理描写も細かく、映画とはまた少し異なる印象だ。個人的には、死刑制度の是非について考えさせられた。主人公の炭治郎に殺されていく鬼たちは、元々は人間だった。しかも自分の意思で鬼になったわけではなく、何らかのきっかけで鬼の血を浴びてしまい鬼と化してしまったのだ。鬼の主食は人間なので、生きていくには人を食べるしかない。それゆえ、炭治郎によって、何人もの人を殺しておいて許すことはできない、と成敗されることになる。もちろん炭治郎も事情はわかっていて、倒した鬼が息を引き取る瞬間は、「神さまどうか この人が今度生まれてくる時は 鬼になんてなりませんように」と祈りながら看取るのだ。何人もの人を無差別に殺す「鬼」のような人間は、アニメの世界だけの話ではなく、現実世界にも存在する。じゃあその人たちを「鬼」だからといって、死刑にしてしまっていいのか。あるいは、「鬼」がまだ少年だった場合は、罪に問わなくていいのか。そういうようなことを思った。

 まだ三巻までしか読めていないので、続きを読み進めていこうと思う。主要キャラが結構死ぬという話を噂で聞いていたけれど、ネットで検索したら(推しの)善逸は途中で死なないことが判明したので、安心して読めそうだ。

 

菅広文『京大芸人』(講談社、2008年)

 

 図書館に行くとたいてい、これは極力最後まで読み終えてから返却しようと思う本を一、二冊と、もし時間があったら読みたい本を貸出可能な冊数の上限まで(実際読む時間はなかなかないだろうな……と薄々思いながらも)借りる。『京大芸人』は、後者の本として借りた。図書館へ出かける直前にロザンのお二人(宇治原さんと菅さん)が出ている大阪ガスのCMをたまたま見て、二人ともなんかすごくいい笑顔だな、と思ったのがきっかけだった。テレビは普段ほとんど見ないので、この本を読むまでは、仲良しコンビとして知られてる芸人さんだっけ、くらいのことしか知らなかった。

 この本は、菅さんが、相方の宇治原さんが京大に合格し「京大芸人」になるまでの軌跡を、エッセイ風の小説という形で綴ったものだ。家に帰って本をパラパラとめくっていたら、高校時代に二人がお笑い芸人を目指すことを決めた場面で手が止まった。「芸人なれへん?」と菅さんが突然言いだして、宇治原さんからその理由を訊かれるのだけれど、その理由が、「おまえとしゃべってるの楽しいし、このまましゃべってるのが仕事になったら一番いいやん?」とのことなのだ。それに対して宇治原さんは「そやな。やろか?」と即答する。この二人、本当に仲が良い。

 この本には宇治原さんの学生時代のエピソードがたくさん書かれている。こんな話、普通本人以外知らないのでは、というような話もいっぱい出てきて、それを(宇治原さんではなく)菅さんが書いているということに驚く。各エピソードの面白さはもちろん、それだけ何でも話せる関係なんだなということが伝わってきて、とても好感を持った。結局、最初のページから改めてちゃんと読み直して、続編の『京大少年』も後日借りてきて面白く読んだ。こういう気まぐれな読書を、時々は楽しみたい。

10月14日のメモ

 かにぱん

 

 かわいいものはさみしい。そう思うようになった瞬間を、どういうわけか鮮明に覚えている。それはある朝「かにぱん」を食べたときだ。かにぱんとは、かわいい蟹のイラストが描かれた袋に入った、蟹の形をしたパンのこと。製造元のホームページを見ると、「かわいいかにのかたちをした人気者! ほんのり甘くシンプルな味わいです」と説明がある。大学の頃、朝食はたいてい、前日の夜にコンビニで何かひとつパンを買っておいて、それを食べていた。かにぱんを食べるのはその朝がはじめてだったと思う。

 当時付き合っていたひとが、前日の夜から僕のアパートに泊まりにきていた。だからコンビニでパンを買ったときは、そのひとも一緒にその場にいた。別に二人でかにぱんを選んだとかではなく、僕がいつも通り翌朝のパンをひとりで適当に選んで買っただけなのだけれど、いつもは食べない妙にかわいいパンを手に取ったときの僕は、今思えば少し浮かれていたかもしれない。

 そのひとが一限の授業へ行くために朝早く家を出ていったあと、僕は朝食をとることにした。コンビニのビニールからかにぱんを取り出し、いつものようにぼんやり食べはじめる。ところが、パンの袋に描かれた無垢な蟹のキャラクターに何気なく目をやりながらパンを頬張っていると、急に涙がぼろぼろこぼれてきた。どうしてパンを食べているだけなのに泣かなくてはならないのか、咄嗟にはわからなかった。

 かわいいものというのは、いかなるときも、他者のまなざしの存在を前提とする。あるものを見て「かわいい」と思う他者がいてはじめて、そのあるものは「かわいいもの」ということになるからだ。その付き合っていたひとと僕はおそらく、お互いのかわいいところ、言わばかにぱんのような部分だけをそれまでずっと見せ合っていたのだということに気付いた。そういう関係はいつまでも続くものではない。そもそも、「かわいい」はあまりに主観的だ。僕が誰か(何か)をかわいいと思うとき、そのかわいさが僕の存在なしには保証されないなんて、とてもやりきれない。そういうようなことを一気に直感して、そのときの僕は泣いてしまったのだった。

 結局、そのひととはそれから半年後くらいに別れてしまったけれど、そのかにぱんの朝以来、かわいいものを見るとよくさみしいと思うようになり、そんなときは必ずかにぱんを思い出してしまうようになった。かわいいものはさみしい。そしてそのさみしさは僕の脳内で、いつもかにぱんの形をしている。